ここ数日、チェンライ旅行の記事を書き始めています。
前回は、チェンライ空港へ降り立ってから北の国境の町「メーサイ」まで車で向かい、おいしい麻婆豆腐を食べたところまで書きました。
その後、メーサイから陸路でミャンマーへ入国し、タチレクという町へ向かったのですが、その前に、あるお寺へ寄りました。
みなさん、チェンライと言えば、去年、世界的に話題になったある事件を覚えていらっしゃるでしょうか?
実はこのお寺、その事件とも少し関わりのあるお寺だったんです。
※昨年2018年10月から実施されている、日本人のミャンマー入国ビザ免除措置により、日本人が短期の観光目的でミャンマーに入国する場合、ビザの取得が不要となっています。
(2018年10月から1年の期間限定で試行されたビザ免除措置は、さらに1年延長となりましたので、2020年9月30日まで適用です)
また、タイ人がメーサイの国境からミャンマーに入国する手続きについても述べたいと思います。
メーサイの見晴らしの良いお寺
メーサイの町の小高い山の上に、あるひとつのお寺があります。
ワット・プラタート・ドーイワオ(วัดพระธาตุดอยเวา)という名前の寺院で、お寺の仏塔付近からは、メーサイの町とそのすぐ向かい側のミャンマーの町並みが眼下に望める絶好の場所にあります。
という情報を目にしたので、これはちょっと立ち寄ってみたいなと思い、国境を越える前に向かうことにしました。
国境のイミグレ建物の手前にある市場の細い道を入って行きます。
「本当に車で通っていいの?」と思ってしまう道ですが、前の車が入って行ったのを見て、その後に続きました。
坂道を上っていくと、お寺の裏側の駐車場にたどり着きました。
歩くにはかなり疲れる距離なので、運転してきて正解でした。
駐車場からはすぐ向かいのミャンマーの山並みと村が見えます。
車を降りると、立派な仏塔が目に入ってきます。
仏塔
このきらびやかなランナー様式の仏塔は、1950年代に修復されたのもですが、もともとはシンハナワット王国(ヨーノック王朝)のワオ王が仏舎利を納めるために建てたと伝承されています。
また、ワオ王は年少の頃、蠍(サソリ)を捕まえて遊ぶのが好きだったことから、蠍を意味する「ワオ」という名前で呼ばれるようになったとか。
それで、仏塔の前には蠍のレリーフ、境内には巨大な蠍のモニュメントが建てられています。
仏塔の周りには、さまざまな姿の仏像が安置されていました。
竹の仏像の礼拝堂
仏塔の階段を降りて、すぐのところにある礼拝堂(ウィハーン)へ向かいました。
ここには、竹から造られた仏像が安置されていました。
竹製ということもあってか、独特のお顔をなさっています。
このお顔、どこかで見たことがあるような・・・。
展望台
礼拝堂を出て、その前のド派手なホン(天上の鳥)や奥の紫の建物を眺めつつ、展望台の方へ向かいました。
展望台からは、ミャンマー側のタチレクという町とタイ側のメーサイの町が見えます。
ということらしいですが、その時の私には、どこからどこまでがメーサイなのかタチレクなのか、その境界がよくわかりませんでした。(笑)
巨大な黒サソリ
展望台のすぐ横に、否応なしに目に入ってくるモニュメント。
黒い蠍さん。
イノシシ博物館って、もしや!?
境内をぐるっと回って、駐車場へ向かおうとしたときに目に入った建物。
タイ語で「イノシシ博物館(พิพิธภัณฑ์หมูป่า)」の文字が。
これを見たときにハッと気づいたんです。
そうか、あのお寺はここだったんだ!
サッカー少年の洞窟救出劇
お寺にイノシシの博物館ってちょっと変ですよね?
実は、このイノシシというのは、動物のイノシシそのもののことではありません。
みなさんの中には、チェンライと聞いて、去年2018年に起きたタイだけではなく世界的に話題となったある事件のことを思い出される方もいらっしゃると思います。
そうです、サッカー少年12人とコーチが増水した洞窟の中に2週間以上閉じ込められ、レスキュー隊やダイバーたちによって奇跡的に救出されたあの事件です。
あの少年たちのサッカーチームの名前が「หมูป่า อะคาเดมี(ムーパー・アカデミー)」=「イノシシ・アカデミー」だったんです。
それで、彼らのことをタイ人は一般的に「イノシシの少年たち」とか、「13人のイノシシ」とか呼ぶんですね。
このイノシシ博物館の正式な名前は、"พิพิธภัณฑ์หมูป่า 13 ชีวิตติดถ้ำหลวง" で、「タムルアン洞窟13の命 イノシシ博物館」といった感じです。
では、その少年サッカーチームイノシシたちの博物館がなぜこのお寺の境内にあるのか?
出家したお寺だった
それは、奇跡的に全員無事に救出された後、救出作業の中で犠牲になられた元海軍特殊部隊員でダイバーのサマン・クナンさんへの追悼、救出に携わった方々への感謝の気持ちをこめて、コーチと少年たちが9日間の出家修行をしたのが、このワット・プラタート・ドーイワオだったからなんです。
博物館の中には、洞窟の救出劇にまつわる資料や写真、救出に関わった人たちのリスト、そして、惜しくも救出活動の中で命を落とされたサマン・クナンさんの肖像画や写真、お礼の言葉などが展示されていました。
正直言って、このお寺を訪れたのは、単に景色がきれいなお寺だからという理由だけでした。
あの洞窟に閉じ込められたサッカー少年たちが出家したお寺だとは、まったく知りませんでした。
いや、正確には、去年の救出劇のあと彼らの出家のニュースを見て、このお寺の名前も境内や礼拝堂の中の様子も、その時には目にしたはずだったんですが、すっかり忘れていました。
それでも、今回、このお寺に訪れることができてよかったなと思えました。
つづく
今回もまたミャンマー入国まではたどり着けませんでした。
きっと次回はミャンマーまで行けると思います。(たぶん)
ではまた。