チェンダオの奥座敷ムアンコーンで迎えた2021年1月1日の朝。
ムアンコーン2日目は、ムアンコーンに住む少数民族、白カレン族「パカーコヨー族(スゴー族)」の村を訪ね、伝統的な手織布や民族衣装を見に行きました。
今までのムアンコーン記事については、こちらをどうぞ。
朝の散歩と朝ごはん
ムアンコーンで迎えた今年最初の朝。
シャワーを浴びるのが億劫に思える程度には寒くて、布団の中からなかなか出られません。
(薄い掛布団1枚にくるまれていました)
それでも何とかベッドから抜け出してシャワー室へ向かいます。
この宿にホットシャワーがあって本当に良かったです。
久しぶりに気合を入れながらシャワーを浴びたら、お腹がすきました。
昨夜、オーナーのマットさんとの間で、朝ご飯は、彼女が所有するもうひとつのリゾート「バーン・プー・タワン」まで食べに行くことで合意していたので、朝の散歩も兼ねて集落の高台にある宿まで出かけることに。
(どうしても部屋で食べたい場合は、朝ご飯も持ってきてくれるはずですが、年末年始で手が回らないことも考えてOKしました)
集落の中ほどにある立派な橋のたもとの脇道に入り、緩やかな坂道をのんびり歩いていきます。
そのへんで鶏の親子に出くわします。
かわいい水牛の子どもが2頭。
家畜に牧草を与える農家のおじさん。
なんとも長閑な光景です。
しばらく行くと、バーン・プー・タワンの入口が見えてきました。
中には小さなコテージが6棟ほど並んでいます。
その奥に屋根付きのテラスがあり、どうやらそこが朝食会場のようです。
セルフサービスなので、自分たちでお粥をよそい、トーストを焼き、ココアを入れました。
サラダやデザートなどもあればよかったですが、まあ贅沢は言いますまい。
元日の朝は、霞がかかっており、空は曇りがちでした。
でも、リゾート自体が少し高台にあるため、ムアンコーンの町並みと山々が見渡せてなかなかよい景色でした。
川沿いに放牧されている水牛たちの鈴の音が、下から風に乗って聞こえてきます。
白カレン族の手織り布
朝ごはんを食べ終え、一旦部屋に戻ってから、ムアンコーンのとある村へと出かけました。
私が、ムアンコーンに行ったらぜひ訪れたかった場所です。
カレン族「パカーコヨー」の村
それは、バーン・ノーンブア(บ้านหนองบัว)という集落で、ここには山岳少数民族であるカレン族の人々が多く住んでいます。
私の知識が乏しく、カレン族の分類は難解なのですが、いわゆる白カレン族と呼ばれる中のスゴー(Skaw / Sgaw)というグループに属する人々のようです。
タイでは、彼ら自身の呼び方である、パカーコヨー/パガヨー(ปกาเกอะญอ)と呼ぶことが多いです。
※「パカーコヨー」というカタカナ表記は、私個人的な書き方なので一般的ではない可能性があります。
インターネット上では「パガヨー」となっているのをよく目にします。口頭だとそのように聞こえるのかも知れませんね。私は最初「パカーカヨー」に聞こえました。定着していない言葉のカナ表記は難しいです…。
このパカーコヨーの人々が農作業の合間や閑散期に作る、手織りの布「パー・パカーコヨー(ผ้าปกาเกอะญอ)」やその織布からできた伝統民族衣装や小物を見るために、村へ向かいました。
たぶん、チェンマイ市内のお店や、もしかしたらバンコクのチャトゥチャック市場あたりでも売っているかも知れませんが、実際に作業をされている方から直接お話を伺いつつ、お土産として買い求めたかったんです。
バーン・ノーンブアの村は、ムアンコーンの中心部から少し西へ向かったところにあります。
メーテーン川(แม่แตง)にかかる橋を渡り、昨日お茶をしに訪れた「バーンノーク・ホーク・クワーイ」を通り過ぎて少し行くと、バーン・ノーンブアの小学校があります。
その先の集落が、バーン・ノーンブアです。
T字路のところに道先案内板がありました。
そのひとつに「ムアングコーン教会」と日本語で書かれているものがあったんです。
この辺りにも日本の方がいらっしゃるんでしょうかね。
手織職人の家を訪ねて
村の空き地に車を停めて、集落を散策してみました。
しかし、お店のようなものは見当たらず、どのお宅がカレン族の手織り布「パー・パカーコヨー」を作っているのかよくわからなかったので、ある家の庭先におられたおじさんに尋ねてみることに。
以前、Youtubeで拝見した方の動画を見せて
「このソーンさんという方のお宅はどちらですか?」と聞くと、
「ああ、この先真っ直ぐ行って3軒目の家だよ」と教えてくださいました。
小さな集落だからみんな顔見知りなんでしょうけど、
それにしても、知らない村にやってきてスマホの動画を見せるだけで直ぐに探し出せるなんて、便利な時代になりましたねー。
言われた通りに道を歩いていき、ここかなと思われる木造の家を覗いてみると、庭の奥からおばあちゃんが歩いてこられました。
「こんにちは。ここはソーンさんのお宅ですか?」と声をかけてみると
「ああ、そうだよ。でも彼女は今、教会に行ってるんだよ」と。
この辺りの住民はキリスト教徒が多いようです。
そういえば、カレン族の間ではけっこうクリスチャンもいるという話を聞いたことがあります。
おばあちゃんがソーンさんを呼びに行こうとするので、
「私たち、急いでいないから大丈夫です!」と慌てて引き留めました。
集落の入口の道先案内板に「ムアングコーン教会」と書いてあったことを思い出し、
おばあちゃんにお礼を言って、散歩がてら教会まで行ってみることにしました。
村の教会
少し坂を上がった場所に村の教会はありました。
建物自体は質素な造りでしたが、隣に設置されたテント屋根の下には4~50人ほどの村人が座って牧師さんの話を聞いています。
ざっと見たところ、その内半数以上の人がカレン族の伝統衣装を着用しています。
肌寒くて上着を羽織っている人も多かったので、もしかしたらその下に民族衣装を着ている人をまだまだ見落としているかもしれません。
お年寄りだけでなく、若い人たちも子供もかなりの割合で民族衣装を着用していたのには少し驚きました。
観光地のデモンストレーション的なものではなくて、日常的に着ているんですね。
ピックアップの荷台やバイクに乗った若者も普通に着ていましたし。
ただ、この日は1月1日だったので、もしかしたら特別な日の正装という可能性もありますが…。(初詣的な?)
小一時間ほど教会の庭のベンチで、礼拝に来てる村人たちの様子を眺めていました。
マイクから聞こえる牧師さんの声に加えて、ニワトリの鳴き声や後ろの小屋で飼われている黒豚の鼻息の音も重なり、明るい日差しの中でウトウトしかけた頃、ソーンさんと対面することができました。
さっきのおばあさんが、ソーンさんに連絡してくれていたのです。
手織り布を見に
「お待たせしてごめんなさい」
ソーンさんと、その隣にもう一人のおばさん。
聞くところによると、現在ソーンさんは村の世話役的な立場にあるらしく、
どちらかというと、村で手織りをしている方々を取りまとめたり仕事の手配・分配を主にされているそうで、今はほとんど自分で布を織る時間がないそうです。
※ソーンさん率いる村の手織布グループ=กลุ่มผ้าทอปกาเกอะญอบ้านหนองบัว
というわけで、ソーンさんのお隣さんの家へと案内してもらうことになりました。
いくつかの民族衣装や肩掛けバッグなどを見せてもらいます。
カレン族の民族衣装は、首元がV字に開いたベストのような上着が特徴的ですが、このV字は前後両側についており、前後どちら向きに被っても大丈夫なんですね。
もともと、白や黒と赤が伝統的な配色でしたが、現在は様々な色の生地が織られています。
男性だからこの色、女性だからこの色というのはあまりないらしく、むしろ赤系を着ている男性が多かったりします。(伝統的に男性は赤を着るようです)
ただ、白は女の子や未婚の女性が着るのだそうです。
この白いビーズのようなもの、はじめ貝殻かと思ったら木の実でした。とても素敵です。
そういえば、子供の頃、日本でもこんな実を拾った記憶があります。
光沢のあるグレーっぽい色の実でしたが、あれ何の実だったんでしょうか…。
※木の実ではなく、ジュズダマ(イネ科)の実でした。食用品種はハトムギ。タイ語では「ルーク・ドゥアイ(ลูกเดือย)」
ちなみに、価格は、例えばシンプルな上着で500バーツ(約1,700円)、細かい刺繍や飾りの付いたものでも800バーツ(約2,700円)から、肩かけ布バッグは200バーツ(約700円)程度と、ハンドメイドの価値を考えればとても良心的です。
手織り布の豆知識
手織りのパカーコヨーの布は、織機の大きさの都合上、最大50cm程度の幅しか織れません。
よって、左右同じ柄の2枚の布を真ん中で縫い合わせてあります。
つまり、この縫い合わせ部分のない服(幅50cmを超える一枚布)は、手織りの生地ではないんですよと教えていただきました。
なるほどー!これは、ひとつの良い判断材料になりました。
カレン族の民族衣装の意味するところ
また、何かの番組で、『カレン族パカーコヨーの服にポケットが付いていないのは、自然と共に生きる生活の中で、余計なものをため込んでおく必要はないという考えに基づく』というような話を見聞きしたことがあります。
いわゆる「足るを知る」生活ということなんでしょう。
それから、服の前後がないのも、(人の)表裏がないことを表しているのだとか。
ムアンコーンの魅力
『あの山を越えた先には何があるんだろう?
知らない人たちの住む、知らない世界があるんじゃないだろうか?』
といつも妄想するような子供だったので、
今でも山里という響きには強い興味と憧れを持ってしまいます。
そんな憧れを持ってやってきたムアンコーンでしたが、
こうして、まさに知らない人たちの住む知らない村の文化にちょこっと触れられて(本当にちょこっとですが)、なんとも幸せな時間でした。
寒季(乾期)は田畑が土色で少しもの寂しく、アクティビティーも少なめですが、空気が澄んだ日の景色は爽快で、遠くドーイルアン・チェンダオ山もきれいに見えます。
もう少し温かい季節になれば、田畑も青々と広がり、清流での筏下りやチュービングなども楽しめるでしょう。
次回は2~3泊ゆっくり滞在してみたいです。
動画にもしてみましたので、よかったらご覧ください。(少しでもこの村の美しさが伝わればいいなあ…)
おわりに
「かくれ里」という白洲正子さんの随筆が好きで、むかし何度も読みました。
あいにく私にはあれほどの審美眼も知識も感性も文才もないので、うまくお伝え出来なくて残念なのですが…
「隠れ里」と言う言葉には、どこか懐かしく甘美な響きがあります。
仙境とか桃源郷といった類いの、美しさと心細さが共存する異次元世界のような、不思議な憧れを抱きつつ、幼い頃に読み聞かせてもらった昔話のワンシーンを想像したりして。
行く前と実際に訪れた後では、印象が異なることも多々ありますが、
そんな、どこかにあるようでどこにもない場所を求めて旅の支度をするのが好きです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ではまた。