先日、チャオプラヤー・スカイパークからきれいな朝焼けを鑑賞し、フアランポーン駅周辺散策をした後、再び、チャオプラヤー・スカイパーク方面に戻り、サパーンプット橋(ラマ1世橋)と並行するプラポッククラーオ橋を越えてトンブリー側へ行ってみました。
チャオプラヤー・スカイパークの南西側には、タイで最も有名かつ歴史的に重要な役割を担った一族のひとつ「ブンナーク家」ゆかりの王室仏教寺院が点在しています。
今回は、その中から「ワット・ピチャイヤート」「ワット・ノンカーラーム」、そして、前国王陛下ラーマ9世の母君シーナカリン王太后陛下の記念公園を紹介します。
名門ブンナーク家とは
トンブリー側のお寺の紹介の前に、近代のタイ・チャクリー王朝(ラタナコーシン朝)の歴史において、王に代わるほどの権力と影響力を持った貴族「ブンナーク一族」について、簡単に説明したいと思います。
始まりはアユタヤー王朝の時代まで遡ります。
ナレースワン大王の治世の終盤に、現在のイランのあたりからアラブ系の商人が王都アユタヤーへやってきました。
その商人の名前は、シャイフ・アフマド・クーミー(タイ語では『เฉกอะหมัด กุมมี』)といい、数年かけて貿易により巨万の富を築き、次第に王室にも重用されるようになりました。
後に、一部の外国人反乱勢力(山田長政亡き後の日本人勢力とも言われています)を駆逐した功績により、プラサートトーン王より「チャオプラヤー・チェークアマット・ラッタナーティボディー(เจ้าพระยาเฉกอะหมัด รัตนาธิบดี)」という官位を与えられ、王朝内での地位を高めていきました。
このシャイフ・アフマドを祖とする一族は、その後も多くの「チャオプラヤー」あるいは「ソムデット・チャオプラヤー」という最高位の官位を授かる人物を輩出し、名門貴族として枝分かれしながら、アユタヤー王朝後期からトンブリー王朝を経て、チャクリー王朝、そして現代に至るまで続くわけですが、その中でも「ブンナーク家」は、チャクリー王朝初期から中期にかけて国王と並ぶほどの非常に大きな権力を持った一族として有名です。
余談ですが、
昔、知り合ったブンナーク家の御子息がワット・プラユーンを案内してくれた時、誇らしげに「自分の先祖は、SHOGUNみたいなものだ」と言っていたのを思い出します。
かつて、時の天皇よりも権力を持っていたこともある将軍のことを指して言ったのだと思いますが、まさにそういう感じだったのでしょう。
ブンナーク家はチャクリー王家との通婚により勢力を伸ばしていたようなので、私は平安時代の藤原氏を連想したのですが、まあどうでもいいですね。
そんな、チャクリー王朝の初期から中期にかけて(現在のタイ王室もチャクリー王朝です)、絶大な権力を持った貴族ブンナーク家ゆかりのお寺がトンブリーをはじめ、各地に存在します。
そして、その多くが王室仏教寺院となっているのも面白いです。
今回、前編・後編に分けて紹介する3つの寺院も、すべて第2級王室寺院に格付けされています。
ワット・ピチャイヤートカーラーム
その日最初に向かったのが、ワット・ピチャイヤートカーラームです。
正式名称は、ワット・ピッチャヤヤートカーラーム・ウォーラウィハーン(วัดพิชยญาติการามวรวิหาร)といい、格式高い第2級王室寺院です。
歴史
このワット・ピチャイヤートカーラームが創建されたのは、ラーマ3世の時代で、1829年から1832年頃だと言われています。
この地で中国との貿易で富を成していたブンナーク家のタット(官位・欽錫名:ソムデットチャオプラヤー・ボロムマハー・ピチャイヤート)という人物が、廃寺を修復して建造した寺院です。
寺院の前にはこの人物の銅像があります。
ワット・ピチャイヤートは、当時の流行を反映しタイ様式と中国様式が融合した寺院建築となっています。
ラーマ3世により「ワット・プラヤーヤートカーラーム」と命名されましたが、後にラーマ4世によって「ワット・ピッチャヤヤートカーラーム」へと改名されました。
仏塔
境内の南側に位置する白い仏塔(プラーン)は、高さ40メートル超えでなかなか迫力があります。
とうもろこし型の均等のとれた美しい仏塔です。
中央の階段を上がって行くと、四方向を向いた仏像が中心に安置されていました。
このメインの仏塔の両脇には小さい仏塔が並んでおり、東側の仏塔には弥勒菩薩(พระศรีอริยเมตไตรย)が安置されていました。
宝冠をいただいた未来仏です。
上座部仏教であるタイの寺院では、仏像のほとんどが釈迦如来仏なので、弥勒菩薩というのは少し珍しいですが、これも当時の中国文化の影響なのかも知れませんね。
一方、西側の仏塔には、4つの仏足石(พระพุทธบาทสี่รอย)が置かれていました。
本堂
本堂は破風をはじめとして中国風の特徴が随所に見られます。
このような建築スタイルは、この時代の寺院の特徴ですね。
堂内の龍が描かれた柱なんかは、まさに中国という感じです。
本堂に安置された御本尊(พระสิทธารถ)は、ピサヌローク県から遷座されたものだそうで、あのタイで最も美しいと言われるチンナラート仏やチンナシー仏と同時期に造られた古い仏像だと考えられています。
厳かで美しい仏像でした。
本堂の外周、欄干部分には三国志を題材にしたレリーフが施されています。
ここにも中国の影響が強く現れていますね。
金と銀の仏像
本堂の手前に左右1対のスリランカ様式の仏塔がありました。
向かって左手東側の仏塔の中には「銀の仏様(หลวงพ่อเงิน)」が、右手西側の仏塔の中には「金の仏様(หลวงพ่อทอง)」が安置されていたので、いわれはよくわからないまま、金銀どちらの仏様もよーく拝んでおきました。
寺院情報
ワット・ピッチャヤヤートカーラーム・ウォーラウィハーン
(通称:ワット・ピチャイヤート)
วัดพิชยญาติการามวรวิหาร
Wat Phichaiyatkararam
所在地:Somdet Chao Phraya Rd, Somdet Chao Phraya, Khlong San, Bangkok 10600
ถนน สมเด็จเจ้าพระยา แขวง สมเด็จเจ้าพระยา เขตคลองสาน กรุงเทพมหานคร 10600
TEL:02-438-1738
駐車場:あり
拝観料:無料
「ピチャイヤート」なの?「ピッチャヤヤート」なの?
中にはお気づきの方もおられるかと思います。
「ワット・ピチャイヤート」なのか「ワット・ピッチャヤヤート」なのかどっちなんだ?って。
これが気にならなかった方は、ここはタイ語のウンチクですので、すっ飛ばして次のお寺から読んでください。
私もこのお寺の読み方に混乱したんですけど、一般的にはワット・ピチャイヤートと呼ばれているんですが、正式にはワット・ピッチャヤヤートなのだとか。
ややこしい。
ちなみに、王立学士院のサイトでも、よく間違えられる寺院の綴りとして、このお寺の名前が挙がっていました。
正しくは「วัดพิชยญาติ(ワット・ピッチャヤヤート)」なのに「วัดพิชัยญาติ(ワット・ピチャイヤート)」と「ั」を付ける間違いが多いとのことです。
สำนักงานราชบัณฑิตยสภา | ชื่อวัดที่สำคัญ - สำนักงานราชบัณฑิตยสภา
通称名に引っ張られて、綴りを間違ってしまうんでしょうかね。
これ以上はちょっとマニアックな話になりそうなので、あまり深く追求せず、次に行きましょう。
ワット・アノンカーラーム
次に訪れたのは、ワット・ピチャイヤートの向かいにあるワット・アノンカーラームです。正式名は、ワット・アノンカーラーム・ウォーラウィハーン(วัดอนงคารามวรวิหาร)で、こちらも第2級王室寺院なんです。
歴史
先ほどのワット・ピチャイヤートカーラームを建てたブンナーク家のソムデットチャオプラヤー・ボロムマハー・ピチャイヤート(タット・ブンナーク)の妻、ノーイが、ワット・ピチャイヤートと対で建てた寺院です。
1850年、ラーマ3世の時代に建てられました。
その後、孫のチャオプラヤー・ティパーコーラウォン・マハー・コーサー・ティボディー(カム・ブンナーク)が敷地を拡張し未完成部分を仕上げました。
そして、ラーマ4世から「ワット・アノンカーラーム」という名前を授かりました。
現在、ワット・アノンカーラームは、「ワット・ソムデットヤー」(シーナカリン王太后の寺)ということで知られています。
それは、ラーマ9世のお母さまであるシーナカリン王太后(愛称:ソムデットヤー)が幼少期にこの地に住んでおられ、一時期ワット・アノンカーラーム寺院付属の学校に通われていたからです。
本堂及び礼拝堂
ワット・アノンカーラームの本堂と礼拝堂(ウィハーン)は隣接しており、いずれも基本的にはタイ様式の建築ですが、境内には中国の石像が置いてあるなど、やはりこの時代は中国の影響を多く受けているようです。
こちらが本堂ですが、あいにく扉は閉まっており、中を参拝することは叶いませんでした。
一方、礼拝堂もタイ様式建築ですが、中国風の獅子や漢字が見られます。
中にはスコータイ様式の仏像「チュラナーク仏(พระจุลนาค)」が安置されています。
スコータイから遷座されたそうです。
そしてチュラナーク仏の前に安置されているのは、座禅スタイルの「マンカロー仏(พระพุทธมังคโล)」です。
寺院情報
ワット・アノンカーラーム・ウォーラウィハーン
วัดอนงคารามวรวิหาร
Wat Anogkharam Worawiharn
所在地:41 Somdet Chao Phraya Rd, Somdet Chao Phraya, Khlong San, Bangkok 10600
41 ถนน สมเด็จเจ้าพระยา แขวง สมเด็จเจ้าพระยา เขตคลองสาน กรุงเทพมหานคร 10600
TEL:02-437-6037
駐車場:なし
拝観料:無料
王母陛下記念公園(ソムデット・ヤー記念公園)
先ほど、ワット・アノンカーラムは、「ワット・ソムデットヤー」とも呼ばれている話をしましたが、お寺からチャオプラヤー川方向へ徒歩数分のところに、ラーマ9世の母君であるシーナカリン王太后陛下(愛称:ソムデット・ヤー)を記念した公園があります。
1993年、シーナカリン王太后陛下が幼少の頃にお住まいだった場所を、記念公園として整備されました。
緑豊かなお屋敷の裏庭というような雰囲気の素敵な空間です。
入り口付近には、王太后陛下がベンチに腰掛けてらっしゃる銅像があります。
にゃんちゃんが陛下の足元で気持ちよさそうに寝ていました。
敷地内には、陛下のご実家の様子を再現した一角があったり、庭に東屋があったりします。
また、小さな博物館も併設しています。
陛下の生い立ちやご成婚、ラーマ8世、9世陛下をお育てになった様子などが展示してあります。
入り口で伺ったところ、撮影も可能とのことだったので、何枚か館内の様子を置いておきます。
本当は、この記念公園だけで別記事にしたいくらい気に入りました。静かで心落ち着くいい場所なんです。
1900年に生まれ、激動の時代をお過ごしになったシーナカリン王太后陛下は、平民出身ということもありご苦労も多かったかと思いますが、その飾らない素朴なお人柄から、前国王ラーマ9世と同じくタイ国民から大変愛されたお方でもありました。
そんなソムデットヤーにふさわしい穏やかで平和な空間が広がっていました。
最近オープンしたチャオプラヤースカイパークからも徒歩圏内ですので、もし、この辺りを散策される際には、ぜひ足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
<公園情報>
ソムデットヤー記念公園
อุทยานเฉลิมพระเกียรติสมเด็จพระศรีนครินทราบรมราชชนนี
The Princess Mother Memorial Park
所在地:3 Soi Somdet Chao Phraya 17, Khlong San, Bangkok 10600
3 ซอย สมเด็จเจ้าพระยา 17 แขวง คลองสาน เขตคลองสาน กรุงเทพมหานคร 10600
TEL:02-437-7799, 02-439-0896, 02-439-0902
時間:06:00-18:00(博物館は8:30-16:30)
営業日:毎日(博物館は休日閉館)
入場料:無料
駐車場:あり(数台)
ウェブサイト:http://theprincessmothermemorialpark.org/home.php
ソムデットヤー公園を後にして、引き続き散策を続けたのですが、
少し長くなったので、続きは次回に。
ではまた。