siam manao-life

バンコク生活の中で気づいたことや感じたことを書き連ねます。タイの生活情報やタイ語のあれこれ、タイ国内旅行、近隣諸国訪問なども織り交ぜながら。

タンブン(ทำบุญ)と放生会(ほうじょうえ)

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先日の樹木希林さんの訃報を聞いてまだ希林ロスに陥っているまなおです。
昭和から平成にかけて数々の名場面を残してくれた唯一無二の個性派名女優のご冥福をお祈りいたします。

 

 

タンブン社会

仏教徒が大多数をしめるタイ人と切り離せないものの一つとして「タンブンทำบุญ」 というものがあります。これは、良い行いをして徳を積むということです。
タイ在住の方やタイリピーターの方なら一度は聞いたことのある言葉だと思います。

タイ人の多くは、現世で功徳を積むと明るい来世が訪れると信じているため、人々はこぞってお寺参りをしたり寺院や僧侶に寄進や喜捨を行ったり、物乞いに施しや野良犬や野良猫に餌を与えたりします。それもこれも全てタンブンです。

現世で恵まれた環境にある富裕層は来世でも幸せに過ごせるよう、現世で不幸や貧困に喘ぐ人たちは来世への希望を託してせっせとタンブンに勤しみます。

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端から見ると、なんでもかんでもタンブンによって現世の不満や問題を解消しようとする傾向にあるように見え、それが現世における問題解決への努力を阻害している一因のような気もしないではないのですが、タイという国は、良くも悪しくも、このタンブン文化に支えられている面があるのは間違いないと思います。


外国人から見たタンブン

そんなタンブンですが、外国人である私には、時に自己満足的なものに思えて仕方ないこともあります。
その善行は本当に社会や地域にとって有益なものなのだろうか、物乞いに施しを与えたり野良犬や野良猫に餌を与えたりすることは本当に善行なのだろうかと疑問に思うことがあるのです。

というのも、多くの物乞いの人たちがマフィアのビジネスとして利用されており、無理やり身体に障害を負わされて路上に座らされているという背景を聞いたことがあるし、そうだとすれば、施しを与えることがさらに多くのそうした悲惨なビジネス物乞いを増やすことにつながると思うからです。
また、むやみに犬猫に餌を与えることで歩道が汚れ、野良犬や野良猫が無秩序に増えて地域住民とそれらの動物がトラブルに発展する可能性だってあるかも知れません。

ただ、その一方で、たとえそのような事実があったとしても、タンブンだと信じてやっている本人にとっては善行であるのだから、それはそれでいいのかとも考えます。
ある人の善行と、それをビジネスにして儲けようとしている人間がいることとは別の問題で、また、ある善行と道が汚れたり動物が増えたりすることも別の話であると捉えるべきなのかもしれません。(正直、釈然としない気持ちは残るのですが)

少し皮肉めいたことを書いてしまいましたが、決してタンブンに関してマイナス面ばかりだと思っているわけではありません。
毎朝欠かさず托鉢僧を迎えたり、恵まれない子供たちのための寄進や自立援助をしたり、他人の餌付けで汚れた路面を何も言わずに掃き清める人もいるだろうし、その他の私の知らない善行を心から行っている方もたくさんいらっしゃることでしょう。

ただ、本来は敬虔で崇高な行いであるはずのものが、人間的な欲や自己本位的な要素が加わっていくと、何かしらの滑稽さを生じるような気はします。

 

らわれた生き物を解き放つこと(放生会)

 


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タイのお寺の周りでは、よく籠に入った小鳥やたらいに入った魚や亀が売られていますが、あれもタンブンのためです。決して持ち帰って家で飼うためのものではありません。
買った小鳥は空に放ち、魚やドジョウや亀は川に放って、殺生から守り自由を与えるという「善行」なのです。
空に飛び立った小鳥は再び餌付けされた小鳥売りの元に帰り、亀は川に放たれた尻から小遣い目当ての子供たちに捕らえられてたらいに戻ります。
タンブンをしている人もみんなこの一連の流れを知っているのです。

けれども、そこは切り離して考えているのです。
「私がお金を払って動物を解き放していることと、それをすぐ捕らえて再び売りに出す人がいることとは無関係」だと。
さすがにこればかりは端から見ていて非常に滑稽に感じるのですが、いかがでしょうか。

でも、実は日本人だって同じことをやっているんです。
仏教用語で「放生会(ほうじょうえ)」と言って、捕らえられた生き物を放つという全く同じことを昔からやっているんですが、近代の生活様式の変化に伴って目にする機会が激減したに過ぎません。
歌川広重をはじめとする浮世絵にも、この「放生会」の風習は多数描かれています。
江戸の世にも放すための魚や鰻や亀を売る善行ビジネスがあったわけですね。

時代も場所も変われど人間臭いところはあまり変わらないのかも知れません。

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ではまた。