「賛成!きっと道がひらけると思う」
うさ子さんはそう言ってくれました。
うさ子さんとの出会い
むかし、私は一時期東京で派遣社員として働いていたことがありました。
巨大なフロアに200人以上の派遣社員がいるような職場でした。
うさ子さんと話すようになったのは、席が隣同士になったからでした。
うさ子さんは非常に陰の薄いタイプの人で、正直言って、隣になるまで彼女の存在をほとんど知りませんでした。
うさ子さんはドがつくほどの近眼で、(目に悪いからと)真っ暗にしたPCモニターに顔を近づけて入力作業をしつつ、しばしば眼鏡を外してその瓶の底のような分厚いレンズを几帳面にキュッキュと拭くのが癖でした。
そんな時にたまたま話を振ると、レンズを拭きながらぼんやりした顔を向けてくるので、
ある日、
「うさ子さんって眼鏡を外すと目が3になるんだね」
と、今思えば失礼極まりないこと口走ってしまったんですが、
それを聞いたうさ子さんは、ぶはっと吹き出して、堰を切ったようにギャハハハハハと笑い出したので焦りました。
彼女、話し声は蚊みたいに小さいくせに、笑い声はバカみたいにデカいんです。
周りからの視線に冷や汗かきながら、シーッとなんとか落ち着いてもらったんですが、
「それ、のび太じゃん!目、目が3!キヒヒヒヒ…」
うさ子さんはまだ引き笑いを続けています。
ごめん、私が酷いこと言っちゃったけど、うさ子さん、笑うツボあってる?
かくして、私たちは次第に仲良くなっていきました。
うさ子の数字占い
規模の大小にかかわらず、どの職場でもある程度グループとか派閥的なものが存在するわけですが、コミュ障気味なまなおは、当時そういった特定のグループには所属せず、個人的に気の合う人たち(たいていキャラのたった人たち)と個々に付き合っていました。
と言っても、たまに飲みに行ったり、花見をしたり、日帰りバス旅行に少人数で参加したりする程度でしたが。
うさ子さんもそんな中の1人になりました。
寡黙で普段めったに人と話さないうさ子さんも、私のことは好意的に見てくれているようで、自ら話しかけてくれたりしました。
それにしても、うさ子さん、観察すればするほど面白い人で。
休憩時間や仕事があまりにも暇な時、うさ子さんは紙に何やらびっしりと数字を書いているのです。
ある日、気になったので何をしているのかを尋ねると、恥ずかしそうに
「私、数字占いに興味があって。でもこれ、私が独自に編み出した法則なの」と。
人にはそれぞれ「相性」や「縁」のある数字があるんだそうです。
占いの類にはほとんど興味がなかったのでうろ覚えですが、うさ子さんの数字占い(?)は、確かに名前の画数や生年月日だけでない、何か複雑なものだった記憶があります。
練習ということで私も占ってもらったところ、うさ子さん、ずっと何やら考えながら「うーん」とか「あっ!」とか言って数字と向かいあってました。
私は隣でおとなしく待機していたものの、「なんでこの数字が…?」「えっ、不思議…」なんていう独り言、めちゃくちゃ気になりますから!
しばらくして、うさ子さんは私に向かって言いました。
「まなおさんは、とっても不思議な強い数字を持ってる」と。
運は年齢と共に多少変化するけど、常にいい数字に守られてる。
みたいなことを言われた気がします。
で、わたくし、まなおに最も縁があって幸運をもたらしてくれるという2桁の数字を教えてくれました。(ここでは書きませんが)
それを聞いた私、「じゃあ、ナンバーズかロト買うわ」と答えたんですが、
「キャハハハハ、そういうことじゃない、もっと崇高な数字なの」と一蹴されてしまいました。(笑)
うさ子さんとウサギの関係
うさ子さんには、ちゃんとした人間の名前があります。
当たり前ですが。
なんで私が彼女のことをうさ子さんと呼んでいるかと言うと、それは彼女がウサギを飼っていたからなんです。
彼女はそのウサギのことを溺愛していました。
うさ子さん曰く、ウサギのほうが彼女にぞっこん(死語?)だったらしく、そのウサギ君は抱っこするとうさ子さんにキスしてくるそうなんです。
しかもディープな感じで。
「彼…舌入れてくるの!」キャハハハハ〜
(ちょっ…おいっ、うさ子!やめろー!!)
なんていう、ドン引きエピソードもありました。
ある日、うさ子さんがションボリしてたので理由を尋ねると、ウサギ君が病気になってしまわないか心配だと言うんです。
なんでも、昨日部屋に帰ってウサギ君を檻から出した瞬間に、ウサギ君は堰を切ったようにユニットバスへ走って行き、浴槽の横に溜まっていた水をガブガブ飲んだそうなんです。
そもそも、このウサギ君はうさ子さんが新宿の道端でおじさんから買ったそうです。
そのウサギ売りのおじさんは、うさ子さんに言いました。
「このウサギに水を与えてはいけないよ」
ウサギに水を与え過ぎると死んでしまうと。
(当然これは誤りなんですが、調べたら、確かに昔はそう言う情報もあったみたいです)
うさ子さんは、そのアドバイスをよく守り、野菜からの水分だけでウサギ君を育ててきたらしいんです。
それなのに、夕べあんなに水を飲んでしまったから、死んでしまうじゃなないかと気が気でないらしく…。
私、うさ子さんに言い放ちました。
「ウサギ君、脱水症状になってただけ!」
それ、万年脱水症状!
喉が渇いて渇いてたまらなかったんだよ!と。
幸い、それからウサギ君が死んだという話はなかったので良かったのですが、図らずも、ウサギ君の悲壮なディープキスの原因が判明した、なんだかな〜なエピソードでした。
ただ、それでもうさ子さんがウサギ君の愛を信じて疑わなかったのは、言うまでもありません。
おわりに
もう20年以上昔の話で、連絡先もわからなくなってしまったけれど、今でもふと、うさ子さんのことを思い出すことがあります。
うさ子さんは、当時どうするか迷っていた私の来タイを後押ししてくれた人の1人でもありました。
そして、私はいまだにうさ子さんが教えてくれたラッキーナンバーを覚えていて、時々タイの宝くじを買ってしまうのです。
「そういうことじゃない!」と、うさ子さんに突っ込まれるのは承知の上で。
ではまた。